フーテンの美学

lo-tus2009-06-22

正直なところ今まで、「男はつらいよ」シリーズにはほとんど興味がなく、直視したことがありませんでした。しかしこの映画、やはり日本人として一度は見ておくべきではないだろうか?と思い立ち、今回なんと1969年のシリーズ第1作がリバイバル上映されるというので、張り切って足を運んだのでした。
場所は滋賀会館というミニシアター。行ってみると観客は僕を含めて6人しかおらず、ほぼ理想的な観賞環境に(空いている映画館というのは、のんびりして好きです)。場内が暗くなり、オープニングは20年ぶりに故郷に舞い戻り、川の土手を歩く寅さんの姿。「わたくし、生まれも育ちも葛飾柴又です・・・」あまりにも有名な口上と馴染みのテーマ曲。今まで見たことなかったことが不思議に思えるほど、一気に寅さんワールドに連れ去られ、不覚にものっけから目頭が熱くなったのでした。
東京下町の風景や人情、笑い、涙・・・。次々と懐かしい世界が出てくるのですが、懐かしい世界=失われた世界。時代とともにこの国から失われた世界が生き生きと甦ってきて・・・、それは最近の外国の映画を観るよりもはるかに遠い情景のような気がしてなりません。遠いんだけど懐かしいという、奇妙な感覚。
寅さんは定職を持たず、旅から旅へ放浪することの素晴らしさを教えてくれます。日本の社会を飲み込もうとしていた資本主義の富や権力に背を向け、ひと所に定住・安定を基本とする古い日本の「家制度」さえも逸脱する。そんなアナーキーな生き方に、多分僕も含めて小市民のみんなが憧れるのではないのでしょうか?
また寅さんは、ずっと家に居たならば、単に「はた迷惑な人」にしかならないかも知れないけれど、時々帰ってきていろんな波乱を起こすものの、最後にまた旅に出る。そこで妹のさくらをはじめ隣人にとって、本来アクの強い寅さんの存在が中和されます。寅さん本人も、世間との軋轢(そして必ず失恋)に傷つきながらも、それを旅によって浄化・美化していく。よく、生きることは旅することに例えられますが、人生におけるどんな深刻なことも「旅の恥はかき捨て」と思えば、軽く流せてしまう。フーテン(=風来坊)の美学がここにあるような気がします。
寅さんを見て思い出した人がいます。日本人ではないのですが、共通点も多い人。定職を持たず、正直で、トラブルメーカーで、子どもには人気があって、愛すべきトリックスターといえば・・・。そうあの人、「ぼくの伯父さん」=ジャック・タチのユロ氏のことでした。
映画を観終えて外に出ると、琵琶湖からの風が心地よくて、このまま旅に出てやろうかと思ったほどです。が、またいつもの憂鬱な月曜日を過ごしてます。