MAN ON WIRE

lo-tus2009-07-27

人の人生というのは、フィクションよりもずっと面白いなと、あらためて思ったのがこのドキュメンタリー映画マン・オン・ワイヤー」。期待した以上に素晴らしい映画で、今年見た映画の中ではベスト○?には入りそう。
「史上、最も美しい犯罪者」と呼ばれた綱渡り芸人、フィリップ・プティの半生を、本人と仲間達(共犯者)のインタビューを交えて、犯罪映画風の再現フィルムで振り返るドキュメンタリー。
フィリップが犯した最大の犯罪は、1974年ニューヨークのワールドトレードセンタービルを舞台にした綱渡り。もちろん許可無し。というか申請しても絶対に許可は下りない。警備を欺いてWTCに夜中に忍び込み、人力でツインタワーにワイヤーを渡すこと自体奇跡的なのに、翌朝、高さ411m(当時世界一のビル)のワイヤーの上で命綱無しの神業をやってのけた。あれは綱渡りというより宙(そら)渡りでしょ。一歩間違えば、また一瞬強い風が吹けば彼は確実に命を落とします。超絶的な状況の中で、綱の上に寝そべったり、笑みさえ浮かべる優雅な身のこなしには、大道芸ならぬ「大空芸」。神々しささえ感じました。
「人間ってこんなこともできるんだ・・・。」
多分あの時の彼は、肉体も精神も別次元に行ってたと思う。
彼の犯罪を助けた友だちや恋人の存在も印象的でした。彼らはフィリップを助けると同時に「実はの彼の死に加担しているのではないか?」という恐怖心との葛藤が常にあり、そんな中で築かれていく常軌を逸した友情関係も、もう一つの見どころです。
ちなみに映画音楽はマイケル・ナイマンエリック・サティなどが効果的に使われていて、緊張感と浮遊感のメリハリが良かったです。
結局、フィリップ・プティという人は人間的な魅力がスゴイです。天真爛漫というか自由闊達というか。綱渡りの世界に入ったのも「子どもの悪戯」の延長線上。ドキドキワクワクの気持ちをずっと持ち続け、今も大真面目な悪戯を仕掛けています。
実はWTC以前にも前科があって、パリのノートルダム寺院シドニーのハーバーブリッジでも犯行を成功させている。各国を代表する建造物=文化や権威の「重み」の上を、綱渡りという究極シンプルなパフォーマスン=身一つの悪戯の「軽み」で挑むところがミソです。で、人々は必ず「なぜあなたはそんなことをするのか?」という質問する。ところが彼は「自分の限界に挑戦したい」とか「歴史に名を残したい」などと野暮な返答はしません。
「理由はない。ただそれが夢だから・・・」
本当に彼には理由など無いのです。だから犯行後、世間から称賛されても実にケロッとしたものです。栄光に安住しないところなど大好きです。地に足のついた俗世間よりも、風に揺れる1本のワイヤー上のほうが、フィリップにとっては自由な世界なのですね。まったく心技体のバランスが完璧にとれた、夢のような綱渡りです。