本のジャケ買い

lo-tus2007-09-21


最近は本をジャケ買いする人が増えているそうです。ジャケと言っても本だから「装丁」か。ある記事によると、大宰治『人間失格』の文庫カバーをデスノート小畑健さんのイラストに変えたら3ヶ月で10万部売れたとか。夏目漱石『こころ』、武者小路実篤『友情・初恋』、宮沢賢治銀河鉄道の夜』にすべて蒼井優をモデルに起用したところ、これも大ヒット。中でも顔アップの『銀河鉄道』が売上トップの模様。単なる蒼井優ファンの方、せっかく買った本なので、せめて最初の数ページぐらいは読もうね。その後、机の上に飾ってください。
しかしどうして今まで本をジャケ買いする感覚がなかったのでしょうか??音楽はビジュアルやファッションと結びつきやすいのに、文学はそうじゃない。例えば、その昔、他人の服装を見て、アイツはヘビメタだとかパンクだとか言ったモノですが、貧乏ルックをしているからと言って「啄木系」とは言われないし、やさぐれた人を「アノ人は無頼派です」などとは呼ばないわけですよ。
そうなんです。僕もレコードはジャケ買いするのに、本はあまりジャケ買いした記憶がない。もちろん装丁はカッコいいほうが嬉しいけど(カッコいい本は高い!)、装丁だけを目的に買うことは稀です。むしろ、見た目だけで本を選ぶのは、なんだか後ろめたい気さえする。本には何かしら「格調高さ」があるから。
文学と言うか、言葉の世界と言うのは直接五感に訴えるものではなくて、言語という分厚いフィルター越しに表現するものです。その分厚さが「格調高さ」であって、フィルターごしにビジュアルを描くのは案外難しい作業かもしれません。言葉にビジュアルイメージが引っ張られすぎると、ものすごく自己満足的なつまらないものになるような気もするし。例えば、小説を映画化(ビジュアル化)した時、見事につまらなくなることって、普通にあるでしょ?
そこで、売れっ子装丁家鈴木成一さんが、面白いことを言ってました。鈴木さんのポリシーはたった一つ。それは「作品本位」。自分の趣味を押しつけるのではなく、本自体の内容を一番シンプルに強調出来るデザインを作り上げるんだそうです。だから彼は、仕事の前に本の中身をしっかり読み、それにふさわしい装丁を徹底的に考えます。さすがの仕事師。
だから、本の装丁って、 他のデザイングッズよりも高度なデザインスキルがいるのではないかと思います。それがなかなかできないから、ジャケ買いしそうな面白いものが今まで作られにくかったんじゃないかと・・・。
時々、本の内容とはまるで関係ない、テキトーな風景画とかイメージ画が描いてある装丁がありますが、あれは「主張しない」という点で、ヘタにデザインするより正解かも。はたまた、例えば岩波文庫みたいな、古典的な飾らない装丁も捨てがたい。あれはあれで、すごく文学の香りがするもんね。
装丁の世界は深そうです。これからもっと広がるんでしょうか?(タレントの多用は、いかがなもんかと思いますが)洗練されたビジュアルで、本もどんどんジャケ買いさせてほしいものです。
なんて事を書いていたら、今、急に本屋さんへ行きたくなってきましたよ。そろそろ秋の夜長の友がほしくなってきた・・・。