演歌の世界、世界のENKA

lo-tus2008-04-02


アメリカ出身のENKA歌手・ジェロさんが、いろんなメディアで話題になってますね。一部で「あれは演歌か?」と疑う人もいれば、「いやいや、立派な演歌じゃないか!」と言う人も・・・。そこで今日は自分の立場をハッキリさせておきましょう。あれは演歌です!いやENKAかな?まあどっちでも大差はないので。
じゃあ何をもって「演歌」と言うか??演歌もほかの音楽ジャンルと同じように曖昧な概念で、人によって解釈は違うでしょう。なので自分の定義をハッキリさせておきましょう。「演歌」とは基本的には、その国独特の音階をベースにした愛と悲しみの大衆音楽であると言えるでしょうが、それだけじゃ不十分。そこにもう一つ「恨み節(えんか=怨歌)」が入って完成するものだと、極私的には理解しているのです。
この定義でもって世界の音楽を聴いてみると、実に世界中に演歌は存在しそうな気がします。で、今まで聴いた中で強烈に「演歌」を感じてしまった洋楽を挙げてみます。


「ザ・アート・オブ・アマリア・ロドリゲス」
ご存知、ファドの女王 アマリア・ロドリゲス。「ファド」とは、運命とか宿命といった意味があるそうです(いきなり重い)。ポルトガル大航海時代リスボンの港から船出していくあの人を追って・・・待つ、耐える、忍ぶ女・・・。ほら、もう演歌の世界でしょ。舞台が津軽海峡だっておかしくありませんもの。哀愁を帯びたメロディーとせつない弦の音が泣ける・・・。日本でも外国でも、港(海)と演歌は相性がいいものです。



「ナイジェリア '70」
ナイジェリアの70年代のポップスが集められた強烈なコンピレーション。多分これを演歌だという人は世界を探しても少数だと思いますが、僕はそう感じたのだから仕様がない。半分以上の曲は、カッコいいファンクのリズムなんですが、問題はそこに乗っかってる歌。その歌(現地の民謡調)が、どうにもネバっとしいる。土地に縛られ、また西欧諸国から圧迫され・・・いろんなものに対する「恨み節」が入っているように聞こえるんです(歌詞の意味は分からないけど)。歌に慰めを求める「ナイジェリア大衆の心」みたいなものを感じます。



レッド・ツェッペリン 4」
なんといっても「天国への階段」。これはもう古賀メロディーです。「悲しい酒」(by 美空ひばり)と曲調が似ているし。そう、ひとり酒場で聞きたくなるような曲ですね。静かに始まる前半から、激しく盛り上がる後半へ・・・ワビサビの世界を理解していらっしゃっる、と思います。そういうハードロックのシンプルな構成、分かりやすさが演歌に通じる?

というわけで今回は、湯浅学さん的な日記になっちゃいました。では。