マスの終焉

lo-tus2008-05-20


最近のニュースから。雑誌「広告批評」が来年4月で休刊すると聞いて、僕はそれほど愛読者でもないのにちょっとショックを受けています。仕事で広告制作に関ることは多いので、もっと愛読者になるべきだったのにもう遅い。今回のショックは、「もう今までと同じ時代じゃないんだな」という一抹の寂しさに近いものがあります。
広告批評」はテレビ、ラジオ、新聞、雑誌などのマスメディア広告を大衆の視点から批評してきた1979年創刊の雑誌。懐かしい80年代、コピーライターなる職業がもてはやされたマス広告全盛期を歩みました。ところが最近の広告費の投下の割合いではマス広告は下降し、WEB広告、ブログ、クチコミなどに変わってきた。そうあの糸井重里さんだって、今はマスではなくネットが拠点ですもんね(ほぼ日刊・・・)。
確かに「批評」と付く雑誌タイトルも古めかしい感じがするし、広告の受け手である「大衆」というのもそろそろ死語の仲間入りをしそうな勢いです。インターネットの普及で、日本には大衆(マス)がいなくなりました。WEBの世界では個人個人が勝手に、欲しい情報だけを深く知ることができて、自分で情報発信だってできるので、受け身の「一般大衆」であることが不可能です。今の世の中、一人ひとりが網の目状に別の位置に立って繋がっているようなイメージなので、その網の目をすべてカバーできるような(大多数の人が共感し一世を風靡するような)広告やキャッチフレーズを生むことは至難の業になってきた。ほら年末に選ばれる流行語大賞だって、どこで流行っているのかよく分からない言葉が増えてきて、あの大賞自体意義がなくなっているような・・・。
ではマス広告はこの先どうなるのか?マス媒体自体は無くなることはないし、不特定多数に対する広告に向いていることから・・・勝手に予想すると、広告情報としては国民全員が平均的に知っていたほうがいいような話題に特化して流していけばいいのかと思います。例えば地球環境を考えようとか、政治について考えようとか、美しい日本の礼儀作法は・・・とかね。こうなれば、公共広告機構の天下になる???(というのは多分ウソです)
今回の休刊は、インターネットがマス媒体を超えたひとつの節目にも思えます。ラストの号は何か面白い特別企画があるんでしょうか?冒頭に「一抹の寂しさ」などと書いておきながら、結構楽しみになってきました。広告は世の中を映す鏡と言います。世の中の無数の広告と同じように「広告批評」だって潔く消えるのが宿命というものかもしれません。雑誌の最後、マス時代の最後を見届けたいと思いマス。