ぼくのリゾートミュージック

lo-tus2008-07-02


ジャック・タチの映画音楽は、僕にとってきわめつけのリゾートミュージック。しかしそれは南の島のリゾートではなく、都会の日常生活の中にあるエアポケット・・・、白昼夢とでも言うべきリゾートです。
最近よく聴くジャック・タチの4つの映画からセレクトされたサウンドトラック集。大部分がユルリとしたユーモアと都会的なクールネスが同居するジャズ・ラウンジで(時々ワルツ、ミュゼット、たまにアフリカン)、それぞれさほど有名ではない複数の映画音楽作家によるスコアの寄せ集め。にもかかわらず全部通して聴くと、まるで一つの映画に一人の作曲家が音楽をつけたかのような統一感があるのは、ジャック・タチの奇跡的なディレクションの賜物でしょう。彼の映画のすべてに流れる、あの独特のスローな空気がそのまま音楽の中にも充満しているのです。
ジャック・タチの音楽を聴くと(殊に「ぼくの伯父さん」)、久しぶりに親しい友達に会うように、あるいは子どもの頃によく遊んだ場所を訪れるように・・・、バカに懐かしい響きが聴こえてきます。また、どれだけ忙しい時でも、気持ちがトゲトゲしている時でも、すーっとクールダウンできる気がします。「いろいろ問題あるけど、大したことないさ」・・・そう言って笑い飛ばしてしまえるような・・・。
彼の作品を代表するキャラクターといえば、本人が演じるユロ氏。定職を持たない居候ということで、周囲から見えればあの生き方は「万年リゾート」、あるいは今風に言うとニートに見えるかもしれませんが、本人としては街や会社でヘンテコなトラブルの数々に巻き起まれ、まったく休むヒマが無いことでしょう。しかしそれでも彼の自由な意志によって選ばれた人生なので、普通の労働者に比べるとやはりリゾート度が高い。トレードマークの帽子とコートと傘は、都会という作り物のリゾート施設のような空間をシニカルに茶化す異邦人旅行者の風情。
よく仕事を休んでリゾートへ行くことを「リフレッシュする」とか「生き返るなあ」とか言いますけど、この言葉の裏側には「休暇中の自分こそ本来の自分」「取り返すべき本来の自分がいる」といった意識が奥底にあります。ユロ氏がどれだけトラブルを起こそうがまったく憎めないし、いつの間にか心の友になっているのは、自分の心の中にも、多分誰の心の中にも根源的にリゾート願望があって、ユロ氏はそこを刺激し続けるトリックスターなのだと思います。リゾートのために働くよりも、リゾートのように働きたい、うん。